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13歳で働いた元少年労働兵がアラサーニートで人生を生ききる為に『やれたらやる』ブログ。「もしかしたらこれやったら違う日になるかも」

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「ニート」と「貧困」の日本的な違い。

投稿日:

bandicam 2017-01-22 20-41-45-828

絶対的な基準として、当該国や地域で生活していくための必要最低限の収入が得られない者、とする例が挙げられる。

「貧困」Wikipedia

 

【非貧困】「絶対的貧困」ではない。実家にいるから。

 

「明日、喰うものがなくて死にそう。」

 

それが「絶対的貧困」。

単純に稼ぐすべがなく、住むすべがなく、食べるすべがなく、明日死ぬなんていう状態。

 

ニートと貧困の違い

ニートと貧困が違うのは、

「生命危機の緊急性」ということ。

※生命危機の定義うんぬんはあるけども

 

ニートうつ状態ひきこもり無職だって、その圧倒的非活動性のために結果として死に直結していきそうなものだけれど、緩やかで緩慢であるから。その

「進みも止まりも戻りもしない“宙ぶらりん感”が逆にたまらなく恐ろしい」

というのがニートの特徴でもあるのであるが。

参考「やることない体験記」

参考「太平洋にぽつんと浮かんでいる感覚か。」

参考「おまえ生きようとしたな?」

参考「ひきこもりニートと鬱の名タッグ」

 

「新種の低収入ニート」は実家ぐらし。

人の生活費の大部分を占める「家の家賃は基本的に発生せず」(固定資産税はあるも比べ物にならない額)、親の経済力からの資金援助投資を受けられる。

「いい御身分」とあなどるなかれ、それは日本の中流層が生み出した必然の社会環境である。

そうであるなら「必然的に怠惰な志向」にも陥りやすくなる。そして「動けなくなったら」非常に危ういのだ。

「自分のせい」は美徳だが、そればかりでは、この「意識の収監状態」は意外にも続くことになってしまう。

だって「恥ずかしいから」。そうして一歩も動けなくなって懲役はやがて終身刑に引き延ばされていく。

参考「自分から勝手に檻の中に入ってきて出てきやしない。あの子もアイツもそこの子も、どうせみんなニート行き。」

 

それは“生ぬるくも熾烈な環境”

それが環境ならばそれを「うまく利用しよう」「あえて前向きに考える強さ」が必要な、生ぬるくも熾烈な環境なのである。

贅沢なことはわかっているのだ。

その状態にいない人間にはわからないことであることもわかっているのだ。

だから誰にも言えないし、

理解もされないだろうし、

だから結局自分でやっていくしか無い。

結果で示すより無い。

そうとなれば家族からの支援は、あるいはそれが得られれば、強力極まりないものになる。結果はそれほどは要らないから。だから感謝をするようになる。

家族が支援してくれるのは利益のためではなくて、明確な理由が付けられない「情」や「しかたなさ」や「世間体」のためであることが基本。

だからそれほどの理解が要らないという点でありがたくもある。結果はそれほどは要らないから。

 

「実家という生ぬるくも熾烈な環境で生きている」という点でやはり他と違うライフスタイルか。

良いか悪いか効率的か否かは別として「そういう特性がある」というのは差別化する理由になるだろう。

貧困には絶対的貧困と、

「ある密な中で格差があり、その経済的下層にいるがために、マイナスな状態を引き起こす」

という相対的貧困がある。

広義に捉えれば

「すぐ近くの周りの人と比べて劣っているという貧困。」

その意味ではこれには該当しそうなものではある。

相対的貧困の参考「日本に貧困の子どもなんて本当にいるんだろうか?」と思っているアナタにまず知って欲しいこと-相対的貧困と絶対的貧困という2つの定義/yusuke_imaiさま

飯は食える。それが不安。

 

シリーズ【Newニート論】歴史上初めて人類はニートをどう楽しむか悩むようになるそのライフスタイル。

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