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ニートのプロフ

【プロフ】無職ひきこもりニートの生涯年表。愚か者はこうしてやってきた。こうしてニートは誕生した。

2015年9月15日

人生

 

基本的に恵まれている人間のじんせい。

 

 

天に愛されし罪深き時代
(88年~/幼年・少年期)13歳

悪さもしたりしなかったり。良い事したりしなかったり。特に何もしたりしなかったり。ゲームしたりしなかったり。13歳から働いたり。一日15時間働いたり働かなかったり。
 
産まれてから学校を抜けて労働者になるまでがこの時代だけど、本当に何のこともないフツーの幼少期。

とにかく「フツーというか良いことも悪いこともあった少年時代だなあ」という感情しか無い。日本に産まれたなら大多数が過ごすだろうというフツーだとは思うけど。どうだろうか。いやモチロン幸せな時代なんだろう。

 

→この時代をもうちょっとみる

 

この時代の関連ページ
★「ひきこもりと教育シリーズ」
その他「名作を追え!」「ゲームオブメモリーズ」に散らばる記憶たち 

 

 

労働奴隷時代
(少年・青少年期/~06年)13~18歳

働いて娯楽をする往復運動をして中年サラリーマンの様なことをしはじめたころ。13歳というのはバリバリ学生時代に相当するも不登校なのでそのまま働いたのであった。実家の自営業店にて月給3万円。

 

そして何より時間に縛られないことを切望していた。朝が全然ダメだった。なんで毎朝こんなに苦しいんだろうと思っていた。学校に行かなくなれば開放されると信じていた。だがその次は「労働」がはじまった。

 

実家の自営業飲食店で労働。

 

ここが一般の二ートやひきこもりと違って恵まれているというか、違いなのだろうけど、つまり労働といってもなにも面接や就活をしたわけではなく家の事業をしたということなのだね。まあ、もちろん汗水流して働いてるんだけどさ。

 

 

2002年 14歳 ただ働く

とにかくそれが普通だったしとにかくそうだった。

2003年 15歳 働いてゲームであそぶぞ!

働いてゲームして働いてトヨタカップ観て働いて休み前日にファンタをちびちびする日本の幸福的毎日。

2004年 16歳 くずれはじめる天秤

なんかもう「そういうのいいや」ってなる。

2005年 17歳 世界がおわるとき

「オレは一体何をしているんだろうなあ」とか思う。

2006年 18歳 決烈。

もうこんなもの要らない。

それにしても今思うとこの時代って「おもちゃ取り上げられた子供が駄々こねてるだけ」って感じだねえ。でもその感情も事実なのが18歳までのボク。良いとか悪いとか正しいとか間違ってるとかじゃあなくて、ただ「そうだった」というお話。

 

→この時代をもうちょっとみる

 

 

 

最後の余生時代(ひきこもりニート化)
(06年暮れ~09年春)18~21歳

とにかくただボーっとしたり休んでいたしなにも観たくなかったしなにもやりたくはなかった。

 

晴れて記念すべきニート化の始まったのがこの頃。

「とりあえずは休もう」ということ。

 

2007年 19歳 ニートに非ず

とは言ったもののもともとそんな意識は毛頭ない。働かざるもの食うべからず。「こんな状態は続けていく気はないから少し休んだら征こう」と考えていた。いまは余生なのだから。

 

2008年 20歳 未だニートに非ず

自由を持て余すが、そもそもこれは自由ではない。(つまり前年度と同じということですよ)

 

「ここで死んでいたらどれだけスマートな生き方だったろうか」と当時も今も思うところ。

「すべてに筋が通っている。」

生きたいなら働けばいいし働かないなら死ねばいい。

しかし余生はあり。

まさに道理。

 

→この時代をもうちょっとみる

 

 

 

どんぶりの中の一年戦争(ニート労働者)
(09年春~2010年春)20~21歳

この年は人生においての一大転回点となった年で大運動会が開かれた。自信、自己欺瞞、自己不信、未来、絶望、希望、焦燥、正義、価値、美徳、責任、貢献、人生、さまざまな思想がうずを巻いてうねっていた激動の時期だったということにしておこう。

 

いいかげん決めなくてはならない時だ。

 

2009年 21歳 鬼が宿った日々。

生きるべきか死ぬべきか。

 

最終決断聖戦/ジ・エンドウォーズ
(2009年5月~9月)

 

★この3ヶ月聖戦をみる

 

もう二度とあんなことはしたくない地味な聖戦。

おまえ、生きようとしたな?

 

 

答えは出たのだ。

 

 

死の旅/デスジャーニー
(1期09年10月)(2期10年4月)

書かなくてもいいかなあ

全てを終わらせるための旅に出て還ってきた記録。

その底でみたたったひとつのシンプルな答え。

恐ろしくなった初日の夜。

綺麗だった2日目の夜。

 

その答えは2つあったのだ。

 

こうして、
 
ほんとうにほんとうに長い長い旅が始まった。

ほんとうにほんとうに遠い遠いまわり道。

 

 

ロンゲストマーチ /無職ニートの長征一万光年の旅がはじまる。

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ここではないどこか、
 
いまではないいつか。
 
どこへでもいい。
 
どこかへ向かいたい。

 

風のない時代 -なにをしようかな期- 
(ひきこもりニート化) (10年初夏~)21歳

まだ

風のない時代 -なにかやってみた期-
(ひきこもりニート化) (11年初夏~)22歳

まだ

風のない時代 -この道か?期-
(ひきこもりニート化) (13年夏~)24歳

まだ

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フライングなニートマンの著作書籍

 

★ニートの自伝

 

13歳の少年労働兵

「不登校×少年労働」編

愚か者の人生戦記第1弾は「生まれてから13歳で少年労働兵と成ってご活躍される」までのお話。既に中年サラリーマンの如き「労働と報酬の日々」を過ごしたひとの末路へつづく。

 

やることない体験記

「ニート×無目標」編

愚か者の人生戦記第2弾は「ニート化成った18歳から21歳までのやることがなかった」ころのお話。「仕事がなくなると人は一体何をするのだろうか?」という実験データに近いモノあり。

その後もニートだし今も半ニートなんだけどね

 

★「もしも働いていたなら?」ロールプレイングストーリー

 

シャケ弁労働者した元ニートの話

「もしも、ふつうに働いていたら?」

なシミュレーション。「シャケ弁食って働いて妹たちとゲームでもしているっていうのも良いのかもなあ」の未来を想った。

 

フェアレディZで通勤したキノコ工場で正社員してやることなくなった話

「もしも、そこからさらに正社員で働いていたら?」

なシミュレーション。「結局なにすれば満足なのコイツは」的な叙事詩が紡がれた。ある意味人間失格。

 

31歳までフリーターして落ち武者した話

「もしも、ならばフリーターしながら好きなことを目指していたならば?」

なシミュレーション。今に一番近いスタイルではあったけれども。

 

不登校から復帰して労働徴兵されるまで大学に隠れた話

「もしも、ふつうに学校へ行っていたならば?」

なシミュレーション。もうそこまで遡って人生を最スタートさせてみても結局のところ結末は同じだったというオチ。学校へ行く意味を分解してみたやつ。意外と一番のお気に入りコンテンツに。「労働戦士恐るべし。労働徴兵許すまじ。」

 

 

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