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13歳で働いた元少年労働兵がアラサーニートで人生を生ききる為に『やれたらやる』ブログ。「もしかしたらこれやったら違う日になるかも」

デスペラード時代

【ニートとは何か】働かざるもの食うべからず?

投稿日:2015年8月17日 更新日:

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無業者。

ニートとはなにか?
 

広義には世に「働いていないもの」という。
 
 
自らの仕業によって生計を立てていない者。
 
 
そしてまた一般にそして自ら
 
 
「クズとか底辺」
 
と称し称される者。
 
 
なぜか。
 
「社会に貢献していないから」
 
であるという。
 
 
社会とはおおよそ国家のことであり税金や金回りの仕組みに関与しているかどうかを指すという。
 
これに関与しまたは貢献しない者がこれから権利を授かりその影響を受けることは理に反するという。
 
あるいはまた自分の力で生きていない者。
 
自分の食い扶持を自分で獲得していない者。
 
 
 
ニートもまたこの貢献論によって自らを苦しめる者である。
 
 
 

自責の念を持つ者。

したがって此処では、

「自分を自分で責めることが出来る」
 
人たちを前提とする。
 
 
・働いたら負け
 
・気楽でいい
 
・なんとも思わない
 
 
などといった変態を前提とするものでなく、
 
常にこの状態に悩み心苦しみどうかしたいがどうしたらよいか分からずどうしようもないと自分を責める人たちのことを前提とする。
 
ほかに様々な区分や特徴があろうとそんなことはここではどうでもよい。
 
ここでは以上のようにこうしておくだけで良い。
 
すなわち「無業者であり貢献心において自らを責めることが出来る者」と。
 
 
 
 

「労働によって社会に貢献していない」それ以外はニートのみに当たるものはない。

社会に貢献しないどころかこれを破壊し害する犯罪者と呼ばれる者たちがおり、 あるいは他者に対して故意に悪質な攻撃性を発揮する者たち。

 これを一つにはクズという。
 
なぜならば、それ自体はただの個性を持った存在であるが、ふつう望まれる人間の生活との相性は最悪であるため、それは人間社会においては悪や罪とされるからである。
 
換言すれば、「こういう人間はクズだ」
 
 

力も人脈も無くその素養すら持たないと見做して、 自らの意思一つでは何事も決めることが出来ないと思う者たち。

 これを一つには底辺という。
 
なぜならば、社会構造上の最下部を形成するとみなされるのがこの手の状態だからである。
 
換言すれば、「こんなことしかできないオレは底辺だ」
 
 
 
れ等のことは働いていないニート以外にも当てはまる事例である。
 
 
 
在るにせよそれらは個々の問題であるから。
 
クズな人間はいくらでもいるし、
 
社会構造上の最下部というならニートは最下部ですらないだろう。
 
あくまで戦略予備。
 
 
 
さらに「自分の力で生きていない」ということはない。

自分の力で生きている人間などいないから。
 
この世にひとりで生きている存在などいないから。
 
 
だから「貢献していない」ならある。
 
 
 
 
 

1人でやらなければ一人前ではない症候群。

実際、1人でできる事などない。
 
そうであるならば、
 
畑を耕して米を作り、
 
裁縫をして衣服をつくり、
 
嫌なことを忘れるための酒造もし、
 
時には天才外科医にすらならなくてはならない。
 
 
ソレをみんな一人でできるとでも?

なんだかんだ言っても1人でやれるという奴は大したことはない。

 
 
1人で出来るというのはただの不尊だ。
 
 
感謝知らず。
 
だからソレを交換して行くんだ。
 
 
自分たちの成果を。

 
故に、
 
 
それに自分が貢献していないということが罪悪感である。
 
 
義務を果たしていないという罪悪感である。
 
 
 
だから現実として、
 
ニート状態というものは様々な不都合を群発させる。
 
 
 

 

 

※これからこのページは追記されることがある。

ニート的生き方というものは最近では能力の高い者たちからも支持される様になったが、

「だからニート的生き方をしようよ」などと説くものではない。

だが、 ただその価値観に苦悩し、 自責の念にとらわれていては、

ニートというその状況から脱却したいという者でも それが叶えられない場合は潰れるしか無い。

それならばその状況をすこしでも肯定し、あるいは糧にし、あるいはまた経験値に出来るように考えたほうが懸命ではないか。

「人間とは巡りあった環境を意義たらしめることが肝要である」
(米内光政)

というのならば。

だからニートという存在が、社会の中で、その歴史の上で、一体どれほど異質であったのか?それほどまで嫌避されるような存在なのか? 具体的にどういった存在なのか知ることは精神衛生上余計なことではないと思う。 そのことをのちのち加えていきたい。

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