ニートアカデミア(哲学) 不登校ブログ

「悪モノ」にしなければ人生はクリアできる。/不登校はネットセカイで暮らす?④

2017年5月3日

 

「けっきょく“就職”しないと“皆が一人前の生活費を稼ぐ”ことは無理だろう」

 

という今までのお話。

 

でも「不登校」や「ひきこもり」や「無職」や「ニート」は就職が絶望されるらしい。

 

「不登校」は社会不適合異常者?

 

不登校になると

 

①学歴がない

→学歴フィルターで弾かれる

→底辺仕事しかない?

 

②人と関われない

→人生経験ができない

→成長できない?

 

③何もしないで家にいる

→何もしない

→働かないから生きていけない

 

みたいなことで皆さんご心配されると言う訳らしい。

参考「知能あるサルたちの惑星で」

 

 

 

ネットセカイの企業にも面接はあるだろう。

 

地獄の登竜門「面接」ー

 

これは悲しきかな、「ネットだけで全てが完結し、ネット上に住むことが可能」となった「ネットセカイ」においても存在してしまうのではないか。

 

だってそこは結局のところ「人の世界」なのだから。

 

「完全AI(人工知能)」だとアレだけど、いやそれでも何かの評価基準やなにかで「価値」が生まれる以上は査定されるようになるやんな。

 

「学歴フィルター」もある。

これから一律学校制というものが残っていくかは疑問だけど、兎にも角にもフィルターは存在するだろう。古来の企業は不登校やひきこもりたちを、自分たちが知らないという理由で「奇異」の目でみてフィルターにかけて弾くだろう。「変な奴らだなあ学校にも行かないで引きこもっているだなんて理解不能(笑)」みたいな(笑)これがベンチャーならまた少しは違ってくるかもしれないけれど。「なんか変なスキル持ってそう(笑)」みたいな(笑)

 

「人と関われない」と就職は無理やん(笑)

人が企業を作ってるんやから。なぜ人と関われないのかはある程度一般化が可能で、それは「自信がないから」が大きい理由のひとつとしてあるね。全てがこれではないだろうけど。

 

「自信がない」人間が人と関わるのは無理やん(笑)

オレは結局コレだと思うんだよね。「不登校ひきこもり無職ニート系」な人間たちの最たる問題というのは。

 

 

問題は「なにもできない存在になること。」

参考「【種を分けるカテゴライズの意味とは?】ニートに問題があるならば。」

 

こうして前に「ニートの真の問題」を定義したけれど、これは「不登校」「ひきこもり」「無職」にも当てはまるはずだ。それぞれが固有の問題や特徴を抱えて、これらの状態を発現させたとしても、

 

結局のところで「生きていく」のに「最も大きな問題」とは

「生きる理由」

「なにもできない存在になっていくこと」

だと確信してる。

 

学歴も、自信も、経験も、スキルも、実績も、

すべては「何かの指標」にしかなりえない。

 

何かから評価されるとき、

何かにとって価値があるとき、

誰かに価値を認めてもらうとき、

 

その「指標」でしかない。

 

 

逆に言えば「それがあればOK」じゃん。

 

「学校に行っていなくとも」、「ひきこもりで家に居ても」、「無職で就労していなくても」、「ニートで戸隠に観光に行って自撮りに興じていても」、いいわけじゃない。

 

『価値』があれば。

そしてその価値が人にとっての価値、

すなわち『提供価値(サービス)』になれば。

 

そのために人は教育され、また勉強し、働いて得たお金で生活し、成長していくのだろうからね。

 

「お金がないと人が生きていけないのは飯を食べていけないから」ということで、本来的には「お金を稼ぐのが生きる目的ではない」だろうけれど。まあその話はまた別にやろう。

 

 

これが「悲惨な道」になるのは「悪モノ」にされるから。

実際、「不登校」だとか「ひきこもり」だとか「無職」だとか「ニート」だとか、そんなイレギュラーな状態にあることで悲惨な破滅の道をたどるのは、

 

まさに「イレギュラーな道」であるという認識がそうさせる。

 

というより正しくは「ネガティブに考える」という点が。「こうでなければならないのに!こうでないのはもうダメだ!終わりだ!なんてダメなんだ!」みたいな圧力。そして外からもかけられる親のため息とか「あ、自分はやっぱり頭おかしいんだ」みたいな変な「悪い思い込み」だ。

 

そして「何も活動できなくなる」から問題なんだ。

 

ダメな空気にいたらそりゃ皆ダメになるよ。

 

「ダメなところにいなくたって」ダメになるよ。

 

東大に居たって「学歴だけの実用性皆無の能無し親が金持ちなだけで環境も全て整えられただけで卒業したら変わらないしオックスフォード大学でもない世界何十位目かの田舎大学ごくろうさん」だなんて言われ続けたらダメになるよそりゃ。

 

ダメだダメだと言われ続けて「洗脳」されたらそうなるよ。それがまさに洗脳なんだからね。「それ以外の考えを持たせない」という洗脳なんだから。

 

それで皆が洗脳されて、みんながその洗脳のとおりに出来上がってくれれば人類皆共同の「幸せ気分ユメ気分」なものだが、実際はそうならない。

 

その子が持つ「溢れ出んばかりな輝く個性の原石」が光でてしまうものだからさあ大変。

その光を知らない人間はそれをただ

「異変じゃ!!祟りじゃ!!」

みたいに自分の常識では処理できず、そしてあろうことか「悪者扱い」にしてなんとか「自分の知らない世界を排除」しようとする。

 

『醜いアヒルの子』の世界やで。

 

自分がそれを学ぼうとはせずに、排除することでモノゴトを収めようとするのだ。

 

まるで火の付いたマッチ棒をゴミ箱に入れれば処理できると思っている3歳児みたいに。

 

自分がいた世界だけが基本で、当たり前で、正しくて、そうでないものは全て「おかしい」みたいな感じ方は、人としてはむしろ「通常」ではあるけれど。

 

でもそんな人間ばっかりなのがこの世界。

 

「誰か」や「何か」にとって、

「自分もそうである」ことがあるのだから恐ろしいし、

 

またそれくらいに普通。

 

「よもや自分は“誰かや何かにとって”空気読めない行動を取ってはいない」だなんてことはないんだろうから。

 

主観的にはよくわからないからね。だからこそ全ての人類や存在にわかってもらうなんて無理だしコスパ悪いからね。

 

だから自分自身は「そうではない」ように思っていくしかない。

 

 

「気分次第」でどんな状況からでも「活き方はある」というわけだ。

 

『考えて、行動して、経験して、スキルを得て、実績をつくる。』

 

こんなことはどこでだって出来るじゃん。

 

不登校ひきこもり無職ニートだって出来るじゃん。だってそれは「ただ不登校なだけ」で「ただのひきこもりなだけ」で「ただ無職なだけ」で「ただニートなだけ」なのだから。

 

『考えて、行動して、経験して、スキルを得て、実績をつくる。』

 

が、できないわけ無いじゃん

 

オレはやってるじゃん。

 

超絶シンプルだよ。それがうまくいけば「自信」になる。失敗しても「自負心」になる。それが「活動力」になる。

 

「やるだけやる」

 

ってことしか無いやんか。

 

※オレのやり方は「家」がないとできないけど。というかあるから「ニート」で「ひきこもり」なわけやけど。人それぞれの環境だわな。「それをどう利用するのか」ということで。

 

別にハンデでもない。『固有の価値』だ。

 

自分にしかできなかった経験。

自分にしか無い感性。

すなわち個性。

 

それしかないよ。

 

だからあとはその『素材』を活かすだけ。

逆にいえばそれに集中できるわけだし、

「自分の個性がこんな形で人より早く発見された」と見ることもできて超お得パック。

オレは13歳でそれが発現された結果、

予定より10年も早く「自分の道で戦う」厚遇を得たわけだから。

 

 

「生きる理由」は「好きなこと」でいいんじゃないの

これに関しては「その時が来れば誰にでもその必要性がわかる」ことだろうからあえて言挙げはしない。

 

「オレは21のときに生きる理由を持った」けど、

 

その後ズルズルと「興味のあること」をやり続けた結果に「好きなこと」がわかって「やりたいこと」になって今を生きてる。

 

そして「興味のある」ごときの「弱く小さい理由」では「嫌な労働をするには割に合わない」から「ニートとしてやっていた」わけ。

 

それが人それぞれの発現の仕方として「不登校」であったり「ひきこもり」であったり「無職」であったりするだけ。「やればマイナス収支にしかならないこと」をやる奴は居ないから。まあ基本的にはね。

 

逆に言えば「マイナスがなければ全て丸儲け」になることでこれまたお得パックで「活動しやすくなる」わけだよね。

 

そして今はその「興味があって、好きなことで、やりたいこと」『提供価値(サービス)』にしている。

 

「儲かるから」とか、「市場が大きい」とか、そんなことではなくて、

 

「自分がそれに価値を感じる」から、

つまり「自分が活きるから」やり続けられるわけだ。

最低でも。

 

それはまさに「階段を登る」みたいに、「目の前のまさにその一歩を目標にして」登ってきたんだ。

参考「【ニートのやる気】少し問題のある勝利のメガミに告白しよう。」

 

市場原理とかお金儲けの定理とかではないけれど、だから「最低でも考えて行動する活動はできる」し、「最低でも経験できる」し、「最低でもスキルを得られる」し、「最低でも実績をつくれる」わけ。だって好きで楽しいから。

 

それが市場でどう評価されるかはその時しだい。

評価されれば『提供価値(サービス)』になるってだけ。

ならなければ単に自分が楽しかったという『価値』だけが残る。

 

 

そんでそれはみんな同じでしょ。

 

 

結論「存在は行動なり。」

 

『活動してればそれでOKやない。というかそれしかやる事ないやない人間なんて。』

 

というこのブログテーマにまで及ぶ長編シリーズがここに完結。「ベーシックインカム」「低収入で人生を謳歌するライフスタイル」にて謳われた「それ以外の人間としての価値」についての主張と論考的なね。

 

 

『その場』から動けばいい。

 

 

「個人プレイ発」の無限大な可能性にカンパイ!!

 

そんでその活動がうまくいけば、

「個人プレイ発」であっても、

「いっちょまえな月収」になることは十分有り得ることやで。

 

その「誰でもどこからでも活動しやすい」という「個人プレイ発」がやがて評価され、プロになるなり、就職できたり、「広がる可能性を持つ」というわけやな。

 

「少なくとも何もしないよりは」

 

これだけは言えるでしょうね。

「少なくとも何もしないよりは」と。

 

活動しなきゃ成長もしないし(一時的に活動を断つ“絶”状態は有効だけど)、

 

「人としての価値も上がらない」

 

だろうと、

 

少なくともこのオレは思っている。

 

 

いざニートレボしよう!

 

→「ネット最大の利点は「その場」から動ける「在野魂」や」

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フライングなニートマンの著作書籍

 

★ニートの自伝

 

13歳の少年労働兵

「不登校×少年労働」編

愚か者の人生戦記第1弾は「生まれてから13歳で少年労働兵と成ってご活躍される」までのお話。既に中年サラリーマンの如き「労働と報酬の日々」を過ごしたひとの末路へつづく。

 

やることない体験記

「ニート×無目標」編

愚か者の人生戦記第2弾は「ニート化成った18歳から21歳までのやることがなかった」ころのお話。「仕事がなくなると人は一体何をするのだろうか?」という実験データに近いモノあり。

その後もニートだし今も半ニートなんだけどね

 

★「もしも働いていたなら?」ロールプレイングストーリー

 

シャケ弁労働者した元ニートの話

「もしも、ふつうに働いていたら?」

なシミュレーション。「シャケ弁食って働いて妹たちとゲームでもしているっていうのも良いのかもなあ」の未来を想った。

 

フェアレディZで通勤したキノコ工場で正社員してやることなくなった話

「もしも、そこからさらに正社員で働いていたら?」

なシミュレーション。「結局なにすれば満足なのコイツは」的な叙事詩が紡がれた。ある意味人間失格。

 

31歳までフリーターして落ち武者した話

「もしも、ならばフリーターしながら好きなことを目指していたならば?」

なシミュレーション。今に一番近いスタイルではあったけれども。

 

不登校から復帰して労働徴兵されるまで大学に隠れた話

「もしも、ふつうに学校へ行っていたならば?」

なシミュレーション。もうそこまで遡って人生を最スタートさせてみても結局のところ結末は同じだったというオチ。学校へ行く意味を分解してみたやつ。意外と一番のお気に入りコンテンツに。「労働戦士恐るべし。労働徴兵許すまじ。」

 

 

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