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キリスト教もローマ時代では新興カルト宗教だったわけで「ザ・パス」もそんなに引かないで欲しいなっ!!!!!!!!!!/海外ドラマ「ザ・パス」の視聴感想

投稿日:2019年6月1日 更新日:

 

2話目から早くもキチガイ状態。

 

それがマイヤー博士を教祖としたアメリカの新興宗教団体「マイヤリスト」たちのドラマ。いや「踏み込んでるねっ」て感じのドラマでさ、こういうのをドラマにしちゃうアメリカの自由精神こそ「日本は多大に受け継いだのねっ」て感じでさ。そうしてさ、こういうのはさ、うまいことさ、見せるわけじゃないですか。一般人というか価値観や世界観が異なる人達が理解しやすい用にさ、見せ方を工夫しなければさ、こんなカルト集団のいうとることなどわからないわけだから。でも2話目くらいから早々にキチガイぶりを発揮して視聴者たちを引かせにくるドストレートぶり。

 

カルトもカルト。

※カルト宗教…本来は「儀式的な」というような意味合いを持つこの言葉も、このような団体が数々の異常事件を引き起こした現代では悪い意味にしか使われない。

 

ウチの目の前の家に「エホバの証人」の人達が集まる家がありますけれどね。マジで。たまに勧誘されますけれどユダヤ教以前からの歴史認識を語り始めるとすぐに退散していきます。あっちのひとからすると歴ヲタというのもカルト的に映るらしいよねこりゃ。

 

そんでザ・パスでは一通りの社会認識を一致させたのち、

布教が開始されます

 

つまり最初はやっぱり「カルトって異常」という認識(バリアとも)が働いて拒絶反応を示すわけですよ。つまり最初からうがった目で見る。警戒心マックス。こういう状態では何を言っても伝わらない。だからまずは「はいはいカルトですよそんなことは自分たちでも理解してますよ奥さん、」

 

でもね、

 

「考えても見てください。」

「というのもね?」

「これっておかしくないですか?」

 

警戒心が解けると人間はいともたやすく操られるってこと。騙されるし、信じる。それは別に悪いことでもなく、自然なこと。恣意的であろうとなかろうと、作為的であろうとなかろうと、意図されていようとなかろうと、それがコミュニケーションのキホンだから。罠っていうものはつねに自然が求められるし、自然なものを見抜くことは非常に困難だ。

 

キリスト教やイスラム教は、

いわば「分散化」が徹底的に進んだ結果。

 

だからこれほど異常扱いされない。学校でもムスリムやクリスチャンだといえばプールの授業でも全身タイツ式水着着用でも良いし。たとえアイシスやアルカイダ的なイスラム教の過激派が存在しようとも、

 

イスラム教そのものが悪者扱いされることはそこまでない。

あくまで「過激派の一派」で済まされる。

 

キリスト教も同じことで、すでに多くの主義・主張・信仰・派閥が興っては廃れていったけれど、その時々の時代において見合った信仰スタイルへ改変されては生き延びてきたから、ものっそい分散化されている。ビットコインの理想型のように。

 

一番大きい宗教の派閥争いは、

「教会主導のカトリック」「自分主導のプロテスタント」による戦争があったけれど。

 

それでもキリスト教自体が悪者にされることはなかった。あくまで「教会が悪いのだ」とか「教会を介さないなんて異端だ」とかで。

 

ローマ時代にはキリスト教もあくまでカルトだった。

つまり新興宗教。

 

その当初においてはなにか事件があるとキリスト教徒の仕業にされて、有名なのがネロ帝による大虐殺。ローマにおける火災をすべてキリスト教徒の仕業にして処刑した。(運動場建設のためにネロが仕組んだともされる)これが元にもなったのか、ネロは歴史上でも最大級の「暴君」扱いをされたけど(キリスト世界になったから)、でも当時のローマ資料だけをみるとそこまでネロはヤバくなかったりする。他の暴君に比べれば。煬帝とか紂王とか。まあ虐殺はやばいけど当時のキリスト教徒に対する世論的にはそこまでおかしい仕打ちでもなかったし。

 

大事なことはとにかく「救うこと」で。

 

キリスト教は入るのもカンタンで「洗礼」だけすれば入れた。それまで何かにしろ宗教というものはクローズドなもので、何かにつけて閉じられていた。勿体ぶってるのか意識高い系なのかで。ちんちんの皮を切り取る「割礼」とか痛すぎだから幼児ならまだしも成人は入りづらすぎ。キリスト教は水をかぶるだけで入れた。ラク。

 

「教祖」が生きてると組織はデカくならない説。

 

キリスト教は神にしろ神の子にしろ、それ以外の人たちがデカくしているわけだしね。聖パウロとか。教祖は確かに狂的で人を惹きつけるけれど、ゆえに彼自身が政治的でないがゆえに自滅していくことが殆どで。そこで彼を神としておいたうえで、それ以外の最高神祇官的な人たちが政治的に運用していくほうが上手くいく。まあそれも必ずうまくいくわけじゃないけどさ。やっぱりそこは宗教団体なのだから運用力だけではなくて、一番の核となる「信仰」のパワーが必要なわけだし。

 

それだけ「信仰」という物自体は認められている。

世界的に。

 

だから別にカルト宗教や信仰の宗教というものが「おかしい」って話ではないのだと、以上の通り主張できるものと思う。教会主導から自分主導のいわば「都合の良い信仰の仕方」へシフトしたのは、大航海時代なんかの個人財産時代がやってきたんで縛り付けられるのを嫌った層がうまいこと折り合いをつけるためにやってることだと思うしね。つまり「その時代に合った形」への進化。

 

それでもキリスト教自体を捨てなかったのは、

 

どこまで言っても本当に心の底から信じられる教えみたいなものがあったからなんだろうと思うね。もちろん子供の頃からの故郷的な世界観を懐かしんでいるからというのもあるだろうけど。

 

つまり「信仰」も需要と供給の問題でしかない。ともいえる。

 

それ自体が「真実」が否かというよりも、

 

「その時代の人達を救うか?」という価値を満たせるのかどうかだけ。

 

そしてそんな「商品」があれば誰だって信仰することだろう。それは買うように。そんで、そうしてみた場合「狂的」でありすぎると純粋な商品としての価値を保てなくなり(リスクが高いなど)、あるいは「商的」でありすぎてもありふれた価値しか持てなくなってしまう。そしてそれらの事はなにも宗教に限った話じゃなく、トヨタの車でもソニーのゲームにでもよくある話やで。

 

すなわちこんなふうに話してみるとどうでしょうか、

宗教ってそんなにおかしなことでもなくないかい?

さあ目覚めなさい!

 

「考える」ことそのものが哲学。

考えた結果に「答え」があったものが科学。

考えた結果に「信じる」ものが宗教。

 

Huluで全話観れる

 

しかしアメリカのイメージがカルト宗教しかなくなってくるぞ。

 

名作RPG列伝・「MOTHER(マザー)シリーズ/名作を追った!任天堂、愛の結晶。」 https://this-is-rpg.com 

 

マイヤリズムとかエデンズゲートとかハッピーハッピー教とか。

 

ちなみにこのブログの教理はこちら「天国へ行く方法」

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