こちらはテレビドラマの『ROME(ローマ)』。
とりあえず全巻一気観を敢行。
「歴史的な奥様ドラマ」
あの韓国の宮廷ドラマとかそういうのが好きな奥様ドラマかと。ご家庭のドロドロした人の不幸は蜜の味的展開が大好物な。だから武人の誉れとかなんとかそういうのを期待すると絶対ダメなドラマかと。
まあローマだからね。
たしかにそれはもう無常。
人間の営みをそっくりそのまま写し出しただけのような、
なんというかオチもへったくれもないような展開が続く素晴らしさ。
ちゃんと考えてやってんだろうな!
とか言いたくなるほど展開が変わっていくね。なぜそれが起こるのか? とかそんな理由付けとか、道理とか、そんなことなどお構いなしに引き起こるイベントの数々。
理由はシンプル。
起きるから。
人間の世とはそういうものだからとばかりに。
「無常」だとばかりに。
ホントに最後まで観ないと納得出来ないことが続く。
そして無駄なピンクシーンの数々
∑(ノ∀`)ペシッ
2分に1回は挟みたいとばかりに
∑(ノ∀`)ペシッ
男と女。女と女。男と男。なんでもあり。
「コレが200億と8年をかけたといわれる大作の所以か」
とばかりに。
ただし全くエロさがないという職人芸
∑(ノ∀`)ペシッ
ある意味すごい。
ただそれを差し引いても、
宮廷ドラマとか観ない自分が観ても、
見事にハマった。
ただ、
アグリッパがほぼ下半身のみの登場だとか
カエサルのキャラがつまらないとか
長期ドラマであるが故の合戦シーンほぼカットだとか
そんな映画のような合戦シーンは全然ないが。
でも少しオシャレな感じに語られるという演出法も良く思えるかもしれないね。 日本の大河も合戦シーンはほぼやらないよね。 金がかかり過ぎるのか。 00年の「葵徳川三代」の関ヶ原は良かったけど。 アレは後々でもNHKの映像で使われること多数という気合が入っていたというが。
これみると価値観がぶっ壊れて気持ちいいかも。
「古代ローマ」がそこに在った。
いろんな小ネタもギシギシ詰まっていて、当時「そうであった」とされているようなことがちゃんと映し出されてるね。みえないところは舞台裏に隠してなあなあにしちゃうことも出来るけど、できるだけ当時の風習とか世界観をチラチラ見せてくれる。
「獣の時代」感
=ローマ。
貞淑な美しさが是とされたキリスト時代の対比としてか、ローマの時代はそんな風に言い表される。獣欲のままに貪る堕落した時代だと。とくにキリスト世界になったあとにはそんな風に悪しざまにも云われたが、
逆に言えば、
「人がもつ欲望を頂点まで高められるほどに栄華を極めた時代」
とも言える。
それが古代ローマ。
それはむしろ現代の東京とかに似ているよ。アメリカにしろ、先進国というのか。割とどんなジャンルの表現でも結構許されたり。変なモノでも受け入れられたり。
「歓楽」を極めようとすれば結局の所「なんでもあり」なわけだし。
実際に古代ローマによる平和とされた「パクス・ロマーナ」の時代は、今日の現代社会が抱える問題が多発している。「平和になりすぎて繁栄しすぎると人は結婚もせず遊び呆けるようになる」とか。逆に戦乱の世になって「持てる財産はこの身一つということになると身を寄せ合って結婚して子供をつくるようになる。」というような社会現象は類似するとか。
※「パクス・ロマーナ」はこのドラマの少しあとにやってくるローマによる地中海覇権時代。
まあだからあれやこれやと交わりに交わるシーンで構成されてる。
別にそうすると視聴率を取れるとかではなく、「実際ローマはこうでしょ」ということで。だから「結婚していても離婚して再婚させるのが当たり前」だったり。オクタビアヌスがリディアを娶る時とかそんな感じだったでしょ。「処女信仰」のキリスト時代や日本人的にはちょっと考えられないような。
“ユリウスの女熊” アティア
「贈り物にはコレが一番」だと信じて疑わない。
アレで満足しないはずはないと確信している女傑アティアのたくましさ。
コレが家を守るローマの女の姿なのである。
この人の一挙手一投足こそが「ローマである」
と言わんばかりな「歩くローマ人」状態のアティア。「獣の時代」そのものなユリウス家のアティアさんの辣腕ぶりは見ていて笑いが止まらないから注視しよう。とはいってもとても女性らしいキャラなんだけど、ローマの女なのでケモノ感がすごいという話。
奴隷の価値
大航海時代の黒人奴隷とは印象がどこか違うでしょ。
ドレイといえば「あらゆる点で所有物」ということで、人権的に問題にされる。現代では。だからそんなことが「あたりまえ」なシーンに、価値観や世界観が気持ち良くなるでしょう。刺激されて。「何これ(笑)」みたいに。
この時代の奴隷は高価かっただけ。
大航海時代の奴隷たちは安かった。数がいくらでも手に入ったから。銃と武器だけ流せば勝手に黒人同士で殺し合って敵をこっちに放り込んでくれる。だから扱いもゾンザイ。法的に自由が定められ、なおかつ安い買い物となれば酷い扱いをされるのは当然だから。現代の労働者は法や人権があるというだけ。安月給で酷使されるのは変わらないけど。
この時代の奴隷は戦争で手に入れるから高価い。
戦争賠償などとして奴隷になる。戦争はどちらも痛手を負うし、コストが掛かっているので賠償などのリターンがなければ割に合わない。だからそれで手に入る奴隷たちもそれなりな値段が付く。
そして各自の能力に応じて価値が決まる。
ボレヌスたちが扱っていた奴隷たちは大航海時代並な扱いもしばしばで、その点はイメージ通りの奴隷だと思う。子供や女がそうだった。ボレヌスが売ろうとしたけど売れなくて家に持って帰ったガリア人の子供奴隷とか、プッロのエイレネとか。まあそれでも黒人奴隷よりはマシに見えるけど。
知識あるギリシャ人の奴隷は高価いから大事にされるとか。
カエサルたちの事務奴隷的な役割をしているポスカとかがそうだね。あれはギリシャ人だと言われたけど、分かる人はそれだけでちょっと楽しい。そもそもモノが読めて書けるのは教育されなければできないことだし、ポスカは国のトップが用いる財務を管理できるほど有能なわけだから。ただそれでもなんやかんやと奴隷身分になってるんだけど。あるいは奴隷の子供に教育を受けさせて高値で売ったのか。
ちなみにカエサルも家庭教師は奴隷だった。
名家だけど落ちぶれていたユリウス家の母親が、見栄えはしないけど実のある「学術都市アレクサンドリアで学んだガリア人」を家庭教師に買ったとか。
「一門」の解説
ユリウス一門
ある意味、伝説的家系。
有名なのは言わずもがなの「ユリウス・カエサル」や「オクタヴィアヌス」の家。そして後に帝政ローマにおける王朝の家系になり、ユリウス王朝ともされる。あるいは西暦とはまずカエサルによって現在の1年365日制にされたことから「ユリウス暦」とされている。(後グレゴリオ暦、西暦)そして英語で7月はジュライ。もとはユリウスのことである。つまりカエサルの名を7月につけた。
起源はローマ建国時に生まれた最初の100人。
建国者ロムルスによって任じられた100人の代表者が元老院議員となって家を興すが、それに名を連ねるのがユリウス家。超がつく名門中の名門。しかしこの時代では落ちぶれていて「実」はなかった様子。それをカエサルがひっくり返したお家。ちなみに貧乏でも教育費を惜しまなかった母親は「母の鏡」とされている。
ユニウス一門
名前だけならランキングトップの名家。
劇中ではアティアたちのユリウス家とめっちゃ仲良く陰謀バトルを繰り広げているユニウス家は(ユリウス家と字面が似てるけど違うやで)、「共和国の神話」を担うお家。
始祖が「共和国の父」と呼ばれる第2の創始者。
ローマを建てたのがロムルスなら、共和制を始めたのがブルータス。その名もルキウス・ユニウス・ブルータス。たぶん学校の教科書でも見れるんじゃないかな。学校の勉強してないからあんまり覚えてないけどたしか胸像があったような記憶。まあつまり最初の執政官のうちの1人。もうひとりは「公共の人」という意味のプブリコラ。ヴァレリウス・プブリコラ的な?
※このカエサル時代でもヴァレリウス家は「名も実もある超名門」として名高く残っている。コルネリウス家、クラウディウス家、センプローニウス家、ヴァレリウス家をして4大貴族ともいえなくない。
選挙があるんだよ。
昔=王国や貴族による完全支配。
そんなイメージがあると思う。いわゆる中世ヨーロッパとか、それは日本の幕末までそうだったと思うけど。変わることのない恒久的な身分制度。
しかしローマには選挙も議会も在った。
もちろんそれらのことは学校の教科書などで学ぶと思うけど。ギリシャの「民主主義(デモクラシー)」とか聞き覚えあると思うけど。でも意外と印象薄くて、それよりもドラマや映画やゲームで見聞きしたりプレイしている中世世界の王侯貴族社会のイメージが根強いと思われる。ローマを知る前の自分はそうだったし。
ローマの国家元首は執政官。
アメリカなら大統領、日本だと一応総理大臣なのか天皇なのかよくわからないけど、それっぽい名前の人になる。国のトップ。しかしローマは執政官。コンスルと呼ぶ。コンシリエーレとかコンサルタントの語源。
1年に2人が就く。
総理大臣でも4年あるのに、ローマのトップは1年で任期が終わる。それも2人いるから大変。それぞれが政治的「拒否権」を持っているのでまず同意が要る。
さらには「平民集会」の護民官も拒否権をもっている。
護民官(トリブーヌス)には平民階級出身者しか成れない。執政官や元老院に対抗するための機関なのだから出自が限定されるわけだ。だからアントニウスは成れた。平民出身だから。その点もカエサルにとって都合のいいキャラだったのかもね。
そして元老院議員には30歳以上しか成れないとか。
いろいろとルールが有る。そもそもそれらの出世ルートに乗るためにやらなければならないことは数多く、無能な貴族のボンボンがいきなりなれるものじゃない。まず若いときに軍務経験が必ず必要で、その後さまざまな官職を歴任し、ローマの政治を一通り実務してから元老院の道が開かれる。いわゆるゼネラリストを育てているわけで。ボレヌスが政務官をやるために選挙するシーンはその途上ともいえるところで面白い。
※ちなみに執政官には元老院議員を経験した40歳以上でなければ成れない
世のローマ物はこれがないから。
世のローマ物はほとんどが「帝政」時代を描いている。「グラディエーター」とか「ベン・ハー」とか「スパルタカス」とか。もうまともな選挙なんてやっていない時期。もちろんこの激動なるカエサル時代も「まとも」とは言えないけど、最後の共和制時代なのでシーンとしては成立するからね。
史実の超有名キャラクターたち
青年期オクタヴィアヌス
(後のアウグストゥス=尊い人)
初代ローマ皇帝はドSサディスト的にされている。
そして奥さんリディアはドM的に。
そんなシーンは1シーンだけだがその咬み合い具合に吹いた。
「打ったり叩いたりするかもしれないが、
悪気はないんだ。快感を覚えるというだけで。」
んなサド発言に対して、
リディア嬢は顔がパァーっと明るくなりうっとり。
この変態夫婦よ。
でもド付き合いながらやってるけどね。
うんやってる。
まあリディアなんかそんなに出てこない脇キャラだけどねココでは。
最終的には国母(アウグスタ)と呼ばれる程になるが。
息子たちは皇帝と英雄になるし。
あとはオクタヴィアヌスのキャラが天才以外の何物でもない物腰でそこは良かったかな。
※ちなみに8月を表すオーガスタはこの人の名前から来ている。 (アウグストゥスから) 7月はユリウスを崩してジュライだね。 ユリウス・カエサル→ジュリアス・シーザー。 なんでカエサルがシーザーになるの? 英語は難しい。そして皇帝を表すカイザーやツァーリもカエサルから語源に。
「オレ様」至上主義的なキャラ。
そして頭でっかちな神経質。
腕っぷしはめちゃ弱い。
成人後も常に顔がひきつってるから。
もう完全にサイコパス崩れ。
どちらかといえば超社交的でコミュ力高めなサイコパスになりきれないキョドり感と、まるで人の体が窮屈そうなほど煌めく天才的政治感覚の持ち主。その能力の高さに人としての体がついていけていないがために挙動不審というが如し。
マルクス・アントニウス
最高のキャラ。
このアントニウスのキャラは凄まじく良かった。
掴みどころのなさそうな、
フザケて人を喰ったようなキャラというのはよく居るのだが。
表情も セリフも吹き替えの声もバッチシで最高レベルの軽薄キャラであった。
だが このどろどろドラマで、
意外にも
重ねて意外にも、
一番ピュアな所も重ねてくるというよくばりキャラ。
本来アントニウスのキャラは純真な軍人というイメージがどうしても付きまとう。
史実の顛末からしても。
それを「こんな風に」でも超実力者として置いているのが良かったかな。
「このドラマはアントニウスを観るドラマ 」
と言っても過言ではない。
出て来る女子たちは全て、
全て貞淑なアバズレたちなのでね。
うんじゃじゃ馬過ぎ。
アントニウスのピュアさにローマ軍のかっこよさを感じなくては見通せないね。
ピュアなアントニウス。
これぞローマのドラマと言った具合に。
クリスチャンが観たらぶっ倒れるんじゃないかとばかりのドラマ。
絶対R15じゃないよこれ。
R20だと思うぞ。
いやでもホント、
今気分が暗くて滅入ってるって人は観ないことをお勧めするが。
別に暗いドラマではないのだがね。
むしろめちゃんこハジケてはいるのだけれども。
ユリウス・カエサル
カエサルがつまらないキャラなのが不満。
このドラマ。威厳はあるのだが。
と言うかアントニウスのキャラはまるでカエサルの様。
でもこれだけでは少し小者感になるし。
カエサルの威厳の部分が必要。
だからこのドラマのカエサルとアントニウスは、
まるで史実のカエサルを2つに割ったような感じだ。
まあシナリオ的にそういう配分になったのだろうが。
演説もそこまで名句がない。
カエサルの演説は兵士をアヘらせることで有名。歴史的に言っても。ナチスのヒトラーやキング牧師なんのそのと、演説の名人としてカエサルを置いては語れないはずなのに。
もっと感情的なんだよね。名句は。
とくに知識などに乏しい大衆向けでもあるし、
また伝達率が速いのも感情に訴える言葉。
ガリア戦記ではこうだった。
※ガリア戦が終わり、後にドイツ辺りになる「ゲルマニア」への威力偵察に向かおうという時、兵士たちは怯えてしまうのである。それは当時のゲルマニアが「黒い森(シュヴァルツヴァルド)」と呼ばれて恐れられた未開中の未開地だったからであり、そこにいる蛮族たちは身の丈がローマ人を遥かに越えた金髪碧眼の魔人たちだと噂されているからでもある。とにかくビビってしまい、古参兵までもが体調不良を訴えて国に帰ろうとする。
カエサルは言った。
いいだろう。それでは国へ帰るがよい。
お前たちの指揮官を敵地へ置いて。
帰るがよい。そして家族に言って聞かせるがよい。
お前たち自身が忠誠を誓った司令官を敵地に置いてきたのだと、
末代まで言って聞かせるがよい。
それでも私と第10軍団だけはローマの敵と戦うだろう。
ユリウス・カエサル-「ガリア戦記」
こう言われて黙っていられないのが兵士たち。
※まず第10軍団の兵士たちは精強だと有名だったので、カエサルにその勇気を認められて士気が爆発。内心ビビっていたことが嘘のように今すぐにでもゲルマニア人を血祭りにあげんばかり。そしてその勇気に触れた他のものたちも、ただでさえこれを不名誉なものとなじられ、さらには常日頃の軍団内における競争心を煽られて黙っていることはできず、我先にと「自分も連れて行ってくれ」「どうか自分の勇気を試してくれ」と叫び始める。
「内乱記」のアフリカ戦線でみせたクリオの演説も名句だけど。
とにかくカエサルという人は、万能の天才。カエサル自身によって書かれた「ガリア戦記」や「内乱記」によって物書きとしての夢まで果たしたと云われる。今日でも本屋で買えるからね。超ベストセラー。
つまりカエサルという存在はデカすぎて。
「帝政ローマの最初をツクった」
という視点だけでは到底描ききれない。
そのスクリーンには収まりきらないのかもしれない。
このドラマは「権力闘争」と「平民視点」の2つで描かれる。
時代は共和制から帝政へと移行しようかどうかという革命期。
カエサルが青写真を描き、
アウグストゥスが創り、
ティベリウスが盤石にした。
というローマ帝国。
(正確には帝政ローマ)
その帝国が生まれようかどうかという革命前夜からその際中が舞台。
権力闘争パートではまあそこが描かれるわけだ。
カエサル自身の手により書かれて現在でも発行されている大ベストセラー「内乱記」の記載とは違うことも多々あるが。
※ガリア戦記と内乱記は元はひとつのものだが後に勝手に分けられた
平民視点では不器用な軍人の家庭のお話が進む。
二人の兵士の友情とか。
時代に翻弄される平民家族とか。
内輪もめとか。
奴隷が当たり前のように居る社会描写とか。
奔放な性生活とか。
成り上がりとか。
そんで急に落ちたりとか。
そんな人の不幸は蜜の味的な嗜好を刺激されること 間違い無しの平民パート。
不器用厳格なルキウス・ヴォレヌス百人隊長は、
久しぶりな家族との距離感に四苦八苦。
”愛されしバカキャラ”な兵士ティトゥス・プッロは、
超やんちゃする。
この二人のデコボココンビの行く末に興味が持てれば、
ローマなんて知らなくても楽しめるだろうね。
「第13軍団んんんーーーー!!!!!!」
はオレ的ここ5年内トップ3名シーン。
総感想
このドラマはローマの社会的風情と、
アントニウスとアティアを観るドラマだった。
政治情勢とか会戦やらは説明不足や大幅なシーンカットで見れやしないからね。
だが面白かったね。
20過ぎたら観ておきたいドラマということにしときたい。うん。ゲームと違ってシネマ関係はよく知らないからそれ以上は言えんけど。ただやっぱもうちょい情熱的な革命戦も観たかったなーというのもある。
ルビコン渡河なんかおもうてたんと違うのが出てきたなー
(▽Д▼@ )
「ここを渡れば世界の破滅。渡らなければ私の破滅。」
とか言おうよ。
ローマ世界が内乱に入り乱れて大戦乱に見舞われてしまうかもしれないけれども、 ここを渡らなければ私自身の野心が敗れるのだ的な発言とかしようよー。そんな覇気に魅せられてローマの兵士ではなくてカエサル個人について来てしまう発言とかー。ガンガン言っていこうよそういうことはさー。
ただそんなのを差し引いてみても、
やはり面白かった。
ロマンシングローマ ~狼王の剣とローマ誕生~
こんなのもあるらしいよ。