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13歳で働いた元少年労働兵がアラサーニートで人生を生ききる為に『やれたらやる』ブログ。「もしかしたらこれやったら違う日になるかも」

淡い芳酒の記憶という雑記

突如として発揮された武士道にじぶんもびっくり弁慶。

投稿日:2015年10月1日 更新日:

bandicam 2015-09-27 11-05-41-996
 
自分の武士っぷりが大胆に発揮されたことがあった。
 
いやこんなにもいともたやすく発揮されようとは自分自身感嘆するものである。
 
※食前食後の方々はご覧なされることなかれ
 
 

異変

それは突如として襲ってきたのだ。
 
下腹部に流れる違和感。
 
いやむしろ使命感といってもいいだろうこの場合。
 
人としての。
 
 
私は当時ランニングの最中であった。
 
 
いつもの様に陽気に外へと繰り出して汗を流す。
 
こんなにキモチのいいことはない。
 
そうだろう?
 
 
そんな日常がいともたやすく壊されるとは不快でならなかった。
 
 
そこはもう家からは離れていた中間地点で、
 
いわば大海原に投げ出されたなかで嵐に遭った格好だ。
 
港からは離れてしまってすぐには避難できないし、
 
このまま進んでも先の港にたどり着く保証もない。
 
当初はまだ楽観視できていた。
 
さいしょの頃はみんなそうだろう。
 
 
「まあ、これくらいなら…」と思うはずだ。
 
 
しかし事態は最悪の緊急レベルにまで行き着くシロモノであることをこのときの私の下腹部はゆっくりと、
 
だが確実に感じ始めていた。
 
否、
 
それは既に確信だった。
 
それはもう異変などではなくて、
 
確実にやってくるその時。
 
そして今の現実だったのだ。
 
 
 

選択肢

人はみな生きていれば多くの選択肢に出会うことだろう。
 
アドベンチャーゲームや、今日では失われて久しいがあの伝説のゲームジャンルRPGにもあったあの選択肢。
 
いや格闘ゲームにだって何にだってある選択の連続。
 
私はこの時もその選択に迫られていた。
 
 
「為すべきか為さぬべきか。」
 
 
正直、
 
ここで全てを吐き出してしまえばどれほど楽に成れるだろうとおもった。
 
何度もおもった。
 
だけど私は耐えた。耐える方を選んだ。
 
それでもまだ畑や草むらの人気のない場所を過ぎるたびになんど吐き出そうかとおもったかしれない。
 
「もうやっちゃえよここで。」
 
「だって論理的にもそうしたほうが早いし、そのあとはスッキリしてお散歩できるんだから。今日は満月だぜ。」
 
「別に肥料になるんだし、そうお粗末なことでもないだろう、人としての生理現象なわけであって、こういう事態となったのは自分のマネジメントが甘かったがために起こったわけだけども、でも人って過ちはおかす生き物なわけだから、これを勉強として戒めればよい話であって、だからもうここで今回はしちゃおうよ。」
 
言い訳だけは一人前にでてくる男になってしまった。
 
だけどそうしていながらも随時下腹部に押し寄せるその荒波に耐えた。
 
耐える方を選んだ。
 
走りながら筋肉を絞り、その点にだけすべてを預けてコントロールをした。
 
私の筋力だけが頼りだった。(ケツの)
 
ポイントはあの波濤が押し寄せるインパクトの瞬間をどう捉えて抑えこむかということと、
 
その波が引いた時間をどうするかということに私の意識は集中していた。
 
 
 

走るべきか歩くべきか。

急がばまわれとはよく言ったものだ。
 
走れば負担やリスクは高まる。
 
刺激が多くなり、決壊のリスクを大幅に高める。
 
すでにこのとき、私は荒波に晒され続けており、初期の頃に比べていよいよ参ってきていたし、精神的にも筋力的にも(ケツのね)走るのはリスクが高いと歩行に切り替えていた。
 
「だが波が一時的ににひいた時間は走れるのではないか?」
 
そう思うに至ったわけである。
 
「少しでも距離を縮めるんだ!」
 
 
おいおい冗談じゃねえぞ… こんな夜中の田舎道を、 ケツを固めたままで走り回れるのかよてめえは!!
 
 
だが、それはあまりにもリスクの高い行為だった。
 
 
だからぎりぎりまで待つことにした。
 
その瞬間が訪れるまで、
 
最後の最後の、
 
このままあの場所へ到達できる距離に来るまでは。
 
 
それまでひたすら歩いた。
 
できるだけ刺激せず、
 
ただ荒波をピンポイントで抑えこんで、この綱渡りを続けた。
 
 

恥とは

漏らせば恥か?
 
本当に久しく体験したことのないなつかしい問いだった。
 
小学校以来となるそんな素朴な疑問。
 
 
確かに漏らせば恥ずかしい。
 
だが野行も恥ずかしい。
 
 
いくら夜中とはいえ、非日常でもない満月の空のもとフィールディングプレイもそれはそれで思うところが出ないわけでもないはずだ。
 
だから耐えたのだ。
 
「一体おまえはどこでなんて格好をしているんだい?」
 
そう問いかけるであろう未来の自分を傍らにおいて。
 
 
だがそれは恥ずかしいのだろうか?
 
 
本当に恥ずかしいのは自分に敗けた時じゃないのかい?
 
どっちだっていいじゃないか自分が決めたことならば。
 
そうだろう?
 
自分の意に反して起きたことが恥ずかしいのであってさ?
 
ねえ?
 
 
だからこのまま往くことにしたよ。 私はね。
 
 
それで漏らそうともいいじゃないか。
 
オレは諦めなかったぞと。
 
 
このまま例え漏らそうとも立ったまま、
 
歩いたまま、
 
走ったまま漏らしてやろう。
 
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NHK大河ドラマ「源義経」より

「矢刃を受けて立ったまま往生する弁慶」
 
 
 
生きるとは自分の意に死ぬことと見つけたり!!!!
 
 
 
 

メイド・イン・ヘヴン

ということでなんとかかんとか頑張ってとことこスタコラサッサと歩いて、

最後にダッシュしてなんとか天国への扉を開いてゴートゥーヘブンすることができましたよ。

立ち往生せずに済んだから良かったですよまったく。

弁慶になるところだったからね。

そして弁慶になったところでそのままいろいろと始末しなきゃいけないわけだし家に帰らなければいけないわけだしほんとよかったですよ。

あんなピンチに陥るとは。

日常が豹変するのは何にでも言えることだよね。

今がいいからって備えを怠ると大変なことになるよねまったく。

心構えもさ。

だからそういうことでおねがいしますね。

そういう日常の大切さを説く感じのページだったということでおねがいしますねまったく。

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