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13歳で働いた元少年労働兵がアラサーニートで人生を生ききる為に『やれたらやる』ブログ。「もしかしたらこれやったら違う日になるかも」

デスペラード時代

【ニートのプライド-制限-】絶食エセベジタリアン

投稿日:2015年8月21日 更新日:

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コレは単にニートであるという状態にかかわらず、

「自分の考えを実行する」という”美徳”に則った行為でもあるが、

自分に制限や罰を与えることで権利と義務の関係をいわば

“釣り合わせていた”

 

絶食

 
まず私は時々「絶食」をする時があった。
 
全く食べないのだ。
 
1日2日ではなく一週間やそれ以上の時もあった。
 
17歳位の時である。
 
水分のみで何も食べない。
 
こうすることで「自分を痛めつけて自分の美徳に釣り合っていない自分の感情を満たす」のである。
 
まず絶食を始めると基本は空腹感がある。
それ以前は食べていたわけだからそのサイクルに異変が起きるということでそれに体が敏感に気づきサインを送ってくるようだ。 だが3日もすると慣れてきて空腹感というものはほぼ無くなってくる。意識的に「そろそろ食べる時間だな」ということもないからその意識も感覚もなくなる。だが勿論栄養を取らねば人は死ぬようになっているから異変は起こる。 体は動いているときはあまり不備を感じないが動いていない時は多少はふらふらしたかもしれないが基本やることもないので横になっているからそれもよくわからない。 いつも決定的なのは頭が痛くなったり吐き気がしたり。そうして止めていた。

つまり「プロ野球選手の様に在るべきだ」という美徳があったとしたら 普通は苦い練習をしたりそのために積極的に行動を起こす。しかし自分はそれが出来ないから、 それに見合うような労苦を課すことで、 擬似的に「そのために苦労してる」というような感情を生み出すわけである。
※ここで言う「出来ないから」というのはもっぱら無気力なためである。どれだけ理由を詰めようと無気力だからである。それをどうこう言う必要はここでは無いが。

 

 

ベジタリアン

 
ベジタリアン(菜食主義)というのもその始まりは、
 
「自分の考えがあるのならばそれを実行する人間でありたい」という美徳に則り行ったことであるが、
 
それについての思想的決着を見るにつけその理由はなくなった。
 
(この思想に関して今は書くことはない)
 
だがそれでも続けて結局7年間は私は肉や魚を食べていなかった。


その続けた理由は紛れも無く「自分への罰」のためだった。

「生きようともしていない奴が命を背負うことは出来ない」

とかいう理由だったかな確か。

イケメンで困るね。

2005年の冬から2012年の夏頃までだった。

だから2012年くらいから積極的に生きる目標を見つけたらしかったが。

 

肉や魚を食べないという選択肢は厳密には達成できないことも多い。
それは様々な食品に豚肉エキスやら魚介エキスやらが入っているので知らずに摂取してしまうしね。だからそんなものを確認していたらスーパーの加工食品は全く食べられない。だからほとんど同じものばっかり食べていた。 納豆とか。豆腐とか。ひじきとか。納豆とか。あとほらあれ、豆腐とか。 動物性タンパク質の不足からか髪はパサパサしてたし爪に縦筋がよく入っていたり。 それが何だということではあるけども。 そして次第に薄味が好きになったりする。7年ぶりに肉を食べたら気持ちが悪くて吐きそうになったり。こんなに臭かったのかと。もう慣れたけど。 しかしベジタリアン中でも別に肉や魚がどうしても食べたいと思ったことはなかった。だから続いていたのだろうけど。 勿論ボクは子供の時は肉しか食べないクソガキだったぞ。肉餃子とか食べてたぞ。肉を肉で巻くのが好きだったぞ。 人間というのは不思議なものだ。

 

その他にも嗜好品、お菓子やアイスといったものも制限した。結果健康志向になっただけのようだけど。 しかし運動して汗をかいていると頭が痛くなってきたので糖分だけは摂るようにした。 カフェオーレやらで。

 

 

そんなこんなで、 漫画「HUNTERXHUNTER」のクラピカよろしく 自分自身の心臓に掟の刃を突き立てることで自尊心を保ったというわけだった。

その他にもこの手の規定はいくつか存在していた。

この菜食主義は「破ることがそもそも出来ない“制約”であるのに対して

軽いものに関しては「破った場合に罰がある”誓約”」であって罰として数百メートルを全力疾走するなどがあった。

※世によく知られるリストカットの様な自傷行為もこの手の要因を含んでいるらしい。私はそのようなことをしたことが無いがこれ等のことが自分にとっての自傷行為だったのかもしれない。つまり「それに依って自分を保っている」と。

 
つまり、
 
自分自身の課すハードルを越えられないのならば、
その分だけ自分の権利を制限するという減点方式である。
 
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こうして『義務と権利』のバランスを 自分の中で懸命に釣り合わせようとするのである。
 

有効利用法

そして何もこれ等のことは決してダークなイメージばかりではなく、 使い方や考え方を少し変えさえすればかなり一般的な精神療法になると思える。

絶食にしたって不健康なイメージを与えるが、

消化に大きな負担がかかる以上体力にも影響を与え、 体の状態が変わるということでは精神の状態も変わるということだから、

気持ちや考えがスッキリして集中した冴えた感覚を抱くことも在る。

このような状態をいわば麻薬のような薬物に頼ることなく行えるというのは有用ではないだろうか。

・「絶食療法の科学」のまとめ #ダイエット #健康 #断食 #不食
・俺と絶食と不食とベジタリアンと飽食帝国ニッポンに対して思うこと【駄文】:

上記URL先のようなお話もあるようだ。 少なくとも自分には精神的な作用があったということだけは経験として示せるけれど。

 

と言ってもこれ等のことは、

責任感が人並みにあってこのような状態に置かれれば皆自然と取る行動なのかもしれない。

逆に言えばそれでいいということ。

 

だが

「自分を言葉や思いで責めるのではなくて行動に移そう」

ということだ。

 

欲や目的意識に支持された強い動機ではないためまだそれほどの行動力はない時期だろうが、

減点方式ならそれほどの力は要らないはず。

いや要らなかった。

自分自身の状態に苦しむことが出来るだけの最低限の人としてのプライドがあれば。

取り敢えずこの段階ではこうして自分を守っていた。

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